南米6日目③(2009年9月17日(木))

 一旦遺跡から出て、サンクチュアリーロッジでランチビュフェです。マチュピチュの近くにはこのホテルしかないので、このホテルに泊まるツアーは激高だったのですが、現地に行ってそれも納得しました。 ちなみにレストランもここしありません。なので、このランチビュフェも$33と観光地価格です。
 12時半からだったので、レストラン内は各国の観光客で混みあっていましたが、座席もたくさんあるので、無事に座れました。ここでは女性二人組(50代半ばと80歳近くの方)と一緒になったのですが、「あじさいさんって、見かけによらず、いつもたくさん食べるのね!食べっぷりが気に入ったわ!」と言われ(恥)。高山病の心配もなくなったし、美味しいビュフェだったので目の前のお皿はテンコ盛り。
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 まぁ、少食と見栄を張る必要もないのでしっかり頂きました。お二人は疲れたので、午後からは麓のお土産物屋さんで過ごすとのこと。

 マチュピチュ内の雰囲気は分かったので、午後からは一人で見学でも良かったのですが、一人参加の女性2名が「麓で3時間も過ごすのは勿体ないから、もう一度マチュピチュ見学して、1時間位だけお土産物を見ませんか?」と声を掛けて下さったので、合流することに。
 食後は3人で再度マチュピチュへ向います。まずは入って左手にある事務所でマチュピチュ観光記念のスタンプを押して、(パスポートに押している人も多数いたけど、私はメモ用紙に押印)もう一度坂を上るか、緩い道で遺跡に入るか迷ったのですが、疲れていたので緩い道から。
記念スタンプ
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 先ほど通ったところなので、分かり易い。しかも午後からは更に日が差してきて遺跡が綺麗に見えます。「しんどいけど、午後からも来て良かったね~。」と話しながら、遺跡内を見学。
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リャマもいっぱい来て怖いくらい!
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Tさんが「次は、ここに行ってみない?」と「歩き方」のコピーを見せてくれたので、「重いから預けちゃったけど、フリータイムの時はガイドブックのコピーがあると便利ですね~。」と話したり。
太陽の神殿・・・修理中で中に入れず、上から撮影
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インティワタナの石(日時計)
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 続いて、コンドルの神殿・・・コンドルの顔のような石とコンドルが羽を広げたような石からなる不思議な建造物でコンドルの神殿と呼ばれている。
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「(さっきは人が多くて撮れなかった)今度はゆっくり撮れるけど、コンドルの石が大きいからどこから撮ったら全景が撮れるかなぁ?」と思いながら撮影ポイントを探していたら、ドスン!と言う音が!



 「何の音?」と思って見に行ったら、Tさんが2~3メートル位の所から転落してうつ伏せ状態で動きません。「Tさん、大丈夫ですか?」と声を掛けても返事がなく・・・、一緒に回っていたKさんも「どうしょう?!」とおろおろ泣き出してしまい、私がしっかりしなくてはっ!
 とりあえず添乗員さんに電話と思っても、とっさのことで添乗員さんの電話番号を書いた紙が行方不明。仕方ないので日程表に書いてある現地代理店のコンドルトラベルに電話しようと思ったのですが、圏外!!!
 
 とっさに出た言葉は「HELP ME!」すぐに周辺から観光客の方が寄ってきてくれて「どうしたの?」「友達がここから落ちて、返事がないんです。」「分かった!僕が降りて様子を見て来てあげる。」「でも、あなたが怪我をしても困るし、危ないから止めて下さい。」「大丈夫!こっちに階段があるから降りられるよ。」ふと見たら、動揺して気がつかなかったけど、階段があったのでみんなで降りて様子を見に行ったら、顔を擦りむいてあり、鼻血が出ていたけど意識はあり、ホッ。Tさんもビックリして声が出なかったようです。

 すると一緒に降りてくれた方が「君達、ここは初めて?初めてだったら、彼女のことは僕たちが見ておいてあげるから、見学しておいでよ。」と言われたけど、さすがにそんな気分にもなれず、「午前中に見学しているので大丈夫です。」などと話しているうちに、レスキュー隊とお医者様と看護婦さんが駆けつけてくれました。遺跡内ではトランシーバーで連絡していました。
 
 先生が簡単に見たところ「意識はあるので、大丈夫だけど、とりあえず医務室へ行きましょう。担架に乗って!」Tさんは、顔を擦りむいて、左手首をひねったくらいだけど、歩行可能だったので「自分で歩きます。」と言ったのですが、「担架に乗って!」と言われ、「頭を打っているかもしれないし、遺跡内の細い道でふらついて、落ちても大変だから、今はこの方たちのご好意に甘えましょう。」となだめて、何とか担架に乗ってもらいました。
 幸いTさんは、リュックを置いて撮影ポイントを探していたので、リュックで怪我をすることはなかったので、リュックは私が預かり、一緒に医務室へ向いました。 
 医務室に向う途中に先生が、「多分大丈夫だと思うけど、頭を打っているかもしれないから、念のためクスコの私の病院でMRIを撮った方が良い。」云々と言われ、「意識があるし、うつぶせ状態で落ちたから、顔の消毒と手首のレントゲンで大丈夫じゃない?」と思ったけど、伝えるほどの語学力なし(汗)
 それでも何とか3人で、先生と話ができ、医務室では顔の消毒と、点滴が始まりました。Tさんは「手首を捻って痛いのでシップか何かで冷やして欲しい。」と訴えたのですが、後でと言われたので、私がレストランまで氷をもらいに行くことに。しかし、先ほどまで開いていたサンクチュアリーロッジは休憩中でクローズ。入り口近くのドリンクを売っているお兄さんに「友達が怪我をして、冷やしたいので氷を下さい。」と伝えたところ、快くビニール袋に氷を入れてくれました。

 そうこうするうちに時間は16時過ぎ。帰りの列車に乗れるのか?どちらにしても添乗員さんに連絡しなくてわ!と思い、「先生私達17時25分の列車なのですが、時間大丈夫ですか?添乗員さんに電話したいので、電話貸して下さい。」と伝えたのですが、「大丈夫!!麓まで15分で連れて行ってあげます。添乗員さんに連絡しても心配するから、今はしなくても良い。」とのこと。
 とは言えTさんのパスポートのコピーや帰りの列車のチケットのコピーは取られました。正直ペルーの医療施設なんて大丈夫なのかしら?と思っていたけど、世界的な観光地だけあり、清潔で最小限度の設備は整っていました。電話&ファックスあり。レントゲンの設備無し。
 16時半前に点滴が終了したので、「これから駅まで送るから、乗って。」と言われたのはトラック!
私とKさんは助手席に乗るように言われ、Tさんはどこに?と思っていたら、荷台にはコの字型に台みたいなのがあり、先生はそこに座り、Tさんは担架のまま荷台に。Tさんの首と手首はガーゼのギブスで固定しています。
 そのまま運転手の方が、行きに通ったのと同じ道を走ります。先生が15分で着くと話していたので、救急車?緊急用の道路があるのかなぁ?と考えていたのですが、良く考えたら別の道などある訳がないのでした。しかもトラックの助手席なので車高が高く、ミニバスの時以上に怖い!
 思わず運転手に「時間はあるから、ゆっくり走って下さい!(英語)」と伝えたけど「大丈夫!」と。まぁ彼は慣れているから平気なんだろうけど。おまけに山道を下りる途中で道路を修理中の数名の作業員の方に手を振っています。
 「あの人達、乗せて欲しかったんだろうか?」と思っていたら、駅に近い辺りで10名以上の作業員をピックアップし、荷台に乗ってきました。どうやら作業員の送迎を兼ねたトラックだったようです。だから荷台に椅子があったのです。しかし私達はともかくTさんは、担架に乗せられた挙句、途中から作業員がどやどや乗ってきたら怖いだろうなぁ。と話しているうちにバス停に到着。直ぐに担架のまま下ろされ、「君達の添乗員はどこだ?」と言うので大急ぎで駅に向います。
 後でTさんに聞いたら、点滴が効いたお陰で熟睡していたので、作業員が乗ってきたのも、激しく揺れたのも気がつかなかったそう。
 添乗員さんもツアー客が担架で運ばれてきたらビックリするだろうと思い、先回りして「Tさんが怪我をして、意識はあるので心配ないけど、今担架で運ばれてきます。」と伝えました。
 
 その後先生が添乗員さんに彼女の怪我の程度について説明し、「オリャンタイタンボ駅までは同じ列車で向って、着いたら救急車が待機しているので、そのままクスコの(先生の勤めている大きい)病院に向って精密検査を受け下さい。」とのことで、アグアスカリエンテス駅には既に車椅子が用意されていて、段取りの良さにビックリ!Tさんは、車椅子のまま同じ列車に乗りました。
 駅で添乗員さんに合流できたのでとりあえず、私とKさんは一安心。お手洗いに行って、帰りの列車までしばらく添乗員さんと事故状況について説明。
by ajisai0614 | 2009-11-16 00:00 | '09年9月 南米 | Comments(0)