「みなさん、さようなら」

 早いもので、阪神大震災から18年。時間とともに、風化してきていることもあるけど、忘れないように(実際、忘れることはないけど)普段の生活や自然災害に備えると言う気持ちは、忘れないようにしたいと思います。

 さて今日は「みなさん、さようなら」の試写会@御堂会館へ行ってきました。

解説
「アヒルと鴨のコインロッカー」「ポテチ」の中村義洋監督&濱田岳主演コンビが久保寺健彦の同名小説を映画化した異色の青春ストーリー。12歳の春に突然“団地の中だけで生きていく”と宣言した主人公が団地の敷地内で謳歌する青春の行方を、団地という世相を反映したコミュニティの栄枯盛衰とともにほろ苦くも瑞々しいタッチで綴る。濱田岳が12歳から30歳までをノーメイクで演じきったことも話題に。共演は倉科カナ、大塚寧々。

あらすじ
 1981年の春。その年、芙六小学校を卒業した107人は、全員団地暮らしだった。その中の一人、渡会悟は“僕は一生、団地の中だけで生きていく。”
渡会悟(濱田岳)の一大決心は母の日奈(大塚寧々)を始め、周囲を仰天させる。賑やかな団地には、肉屋から魚屋、理髪店、衣料品店など何でも揃っている。外出する用事は、団地の敷地内だけで充分。初恋も、親友も、何だって団地の中だけで済ますことができる。
そして中学に通わず、団地に閉じこもった生活を始める。勉強や体力づくりに努め、夜には団地の安全を守るために見回りも欠かさない、そんな規則正しい生活を続けていく。1度も出席することなく中学を卒業した後、団地の中のケーキ屋に就職し、同級生の緒方早紀(倉科カナ)と婚約。団地の中だけの生活を謳歌してゆく悟だったが、いつしか団地で暮らす友人たちは、1人、また1人と悟の前から去ってゆく。本当はみんな知っている。なぜ悟が団地から出ないのか。果たして、悟が団地から出なくなった本当の理由とは何なのか?彼が団地の外に一歩踏み出す日は来るのだろうか……?
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 出演者から私より若い人の話かと思っていたけど、主人公、渡会悟は1968年生まれで、私より少し上の設定で、1980年代のケミカルウォッシュのジーンズやピンクハウス、肩パットの入った上着など衣装などが懐かしい(笑)

 私自身は香川の田舎町出身なので、子供の頃は、テレビで見たことがあるくらいで団地と言うのがどんなものか良く知らなかったけど、大阪の千里ニュータウンを初めて見た時、整然と同じような建物が建っていて驚いたことを思い出します。そして、大阪万博に合わせて作られた千里ニュータウンの団地群も築後40年以上が過ぎ、老朽化が進み、当時若くして入居していた方達も70歳以上で、階段しかない生活(当時は4階建てまではエレベーターなしが普通だったそうです。)は辛いし、高齢化も問題になっているそうで、順次建て替えに入っていると言う話を、聞いて知っていたので、悟の成長とともに同級生が一人づつ減っていき、団地が徐々に寂れていく様子は、何となく想像がつきました。多摩ニュータウンでも同じような問題があるとテレビで報道されていました。そして、空室を減らすために、外国人や単身者を受け入れたり、多摩ニュータウンでは大学生の下宿として開放した結果、活気が出てきて良かったそうです。
 団地の華やかなりし頃から、寂れていく雰囲気が悟の成長とともに上手く描かれていて、思っていたより面白かったです。
 悟が、団地から出ない(出られない)と決意した理由、これは附属池田小学校の事件を思い出してしまったけど、最後には団地から出れるようになって…めでたし、めでたし、と言う話でもないのだけど、団地暮らしだった人には更に共感できるんじゃないかなぁと思いました。
 ちなみに「みなさん、さようなら」と言うタイトル、てっきり自殺でもするのかと思っていたら、小学校の「先生、さようなら。みなさん、さようなら。」と言う意味でした。
by ajisai0614 | 2013-01-17 00:00 | エンタメ | Comments(0)