「私は貝になりたい」~あらすじ&感想~

 映画の内容ですが、現代風に多少明るいシーンもありますが、全体的には重くて暗い戦争映画です。高知が舞台なのに、冬に雪が積もると言っても四国の山であんなに雪深い所は無いんじゃない?と言う疑問はあるけど。

 A級戦犯以外にも、B、C級戦犯がいる事は以前に観た「明日への遺言」で知っていたけど、この映画を観ると戦犯の裁判も「明日への遺言」とは随分違う印象です。
 また死刑囚の監獄には、小宮教講師(上川隆也)と言う、お坊さんが(処刑の際にも立ち会う)居て、最期の時を一緒に過ごしてくれたり、お話を聞いてくれたりする人が居ることも知りました。この映画の中で豊松が教講師に頼るシーンはあまりなかったけど、やっぱり人間は最期は宗教とか何かにすがるのかなぁと思ったりもしました。
 舞台挨拶付きの試写会で観たから宣伝する訳ではありませんが、重い映画ではあるけど観て欲しい、お勧めしたい映画だと思います。特に小中学生など、子供さん達にもお勧めしたい映画です。
 オリジナルは50年以上も前の作品ですが、良い映画は時代を超えて語り継がれるものです。戦争の不条理さとともに、夫婦愛、家族愛を描いた「私は貝になりたい」は、11月22日(土)(良い夫婦の日)より東宝系で上映です。 



清水豊松(中居正広)は高知の漁港町で、理髪店を開業していた。家族は、女房の房江(仲間由紀恵)と一人息子の健一。決して豊かではないが、家族三人理髪店でなんとか暮らしていく目鼻がついた矢先、戦争が激しさを加え、赤紙=召集令状が豊松にも来た。彼はヨサコイ節を歌って出発した。
 豊松が配属されたのは外地ではなく、本土防衛の為に編成された中部軍の部隊だった。ある日、撃墜されたB29の搭乗員が大北山山中にパラシュートで降下した。「搭乗員を逮捕、適当に処分せよ」矢野軍司令官(石坂浩二)の命令が尾上大隊(伊武雅刀)に伝達され、豊松の属する日高中隊が行動を開始した。発見された米兵は、一名が死亡、二名も虫の息だった。日高大尉(片岡愛之助)は処分を足立小隊長(名高達男)に命令、さらに命令は木村軍曹(武野功雄)の率いる立石上等兵(六平直政)に伝えられた。立石が選び出したのは豊松と滝田(荒川良々)の二名だ。立木に縛られた米兵に向って、豊松は歯をくいしばりながら突進した。
 終戦後、豊松は再び家族と一緒に平和な生活に戻った。しかし、それも束の間、突然やってきたMP(ミニタリーポリス)に大北山事件の戦犯として豊松は逮捕された。横浜軍事法廷の裁判では、命令書なしで口から口へ伝達される日本軍隊の命令方式が納得されなかった。豊松は、右の腕を突き刺したにすぎない自分は裁判を受けるのさえおかしいと抗議したが、絞首刑の判決を受けた。
 小宮教講師(上川隆也)より、豊松の死刑判決を知らされた房江は、高知から船と列車を乗り継ぎ、遠く離れた豊松の元を訪れる。逮捕後に生まれた初めて見る娘の直子、妻房江の泣きそうな顔。そして気丈に振舞う健一。豊松は「帰りたいなぁ・・・みんなと一緒に土佐へ。」と涙を流し語りかける。
 
無実を主張する豊松は、同房の囚人達(笑福亭鶴瓶)と、豊松は再審の嘆願書を夢中で書き続けた。矢野中将が、罪は司令官だった自分ひとりにある旨の嘆願書を出して処刑されてから一年の間、巣鴨プリズンでは誰も処刑されなかった。死刑囚たちは、やがて結ばれる講和条約によって釈放されるものと信じた。ある朝、豊松は突然チェンジブロックを言い渡された。
 減刑?いや、絞首刑執行の宣告だった。豊松は唇をかみしめながら、一歩一歩十三階段を昇った。
 --もう人間なんていやだ。こんなひどい目に会わされる人間なんて……深い深い海の底の貝だったら……戦争もない、兵隊もない。房江や健一のことを心配することもない。どうしても生れ変らねばならないのなら……私は貝になりたい--という遺書を残して。 

by ajisai0614 | 2008-10-23 00:00 | エンタメ